Ryuz's tech blog

FPGAなどの技術ブログ

(コーヒーブレイク) AIにSF小説書かせてみた

個人事業主になって間もなく1年ですが、初めてやってくる青色申告を前に必死に勉強しながら準備しております(まあ大半は 会計ソフトがやってくれるんですが、仕組みがわからないと安心できないのがエンジニアのサガでして)。

今、大学様と一緒に研究連携させて頂いて、論文の連名にして頂いたりとか、ぼちぼちそういう赤字の活動もしているのですが、商品にならないようなものもいろいろ試作したりしているわけで、こちらの制度 に該当するのではないかと思い、いろいろ調べたり、計算したりしていたのですが、結局1日費やしてしまいました。

freee会計を使っているのですが個人事業主向けの安いプランだとこの申告は未対応で、やるなら自分でやる必要がありそうです。 法律系の条文を読み解いて計算するというのは、エンジニアにはなかなか難易度が高いですね。

幸い今はAIがあるのと、私の父が役人だったのである程度こういう条文作ってる方々の裏側の苦労とかも多少の見聞きはしており興味は持っていたので、いい勉強にはなりましたが、金額が小さすぎて申請をためらうレベルだなとか思いつつも、正しく税金計算して納税するコストってて案外大きいな と改めて。

そして、もうちょっと理系向けの数式で表現したり、機械的に最適化したら、少しぐらいマシになったりしないものなの? なにより もう全自動で徴税してほしい というフラストレーションを感じてみたりもしつつ。

ということで、今日、いっそお金のない世界で全部アルゴリズムに支配してもらえないの?、といったホモ・デウス に出てくるような話を AI に愚痴っておりましたら、何やらSF小説が出来てしまったので張っておきます。

いろいろ注文つけて、星新一さん風に仕上げてもらいましたが、いやはや生成AI に、コード以外にちゃんとなにか生成させたのはじめてかもです。

戯れに置いておきます。


タイトル:『完璧な収支』

 エヌ氏は、窓辺に届いたリンゴを手に取り、その艶やかな皮を眺めた。  この世界には、「お金」という言葉も「金額」という概念もない。あるのは、膨大な計算機網が編み上げる、巨大で精密な「あみだくじ」だけだ。

 エヌ氏が一篇の詩を書く。その所有権が網に吸い込まれた瞬間、彼は夕食のリンゴと、冬を越すための軽油を手に入れる。  詩を欲した誰かのニーズが、リンゴを余らせていた誰かのニーズと、一瞬で、物理的に直結したのだ。そこには、情報の不透明さを利用して、見えないコストを上乗せする仲介者の入り込む余地などなかった。

 「実に気分がいい。昔の人は、不自由だったらしいな」

 エヌ氏は、古びた資料で読んだ「税金」という奇妙な制度を思い出した。  かつての人類は、リンゴを買うためにまず「円」という名の数字を集め、さらにその中からいくらかを「納税」として差し出していたという。役所という建物に人々が集まり、「確定申告」なるパズルに頭を悩ませる。払いすぎた、足りない、計算が違う……。そうして集められた数字が、本当に目の前の道路に使われたのか、誰にも分からなかったのだ。

 しかし、今のアルゴリズムは冷徹に、そして誠実に働く。  エヌ氏が散歩に出れば、一歩ごとに「道路の摩耗代」や「街灯の明かりの代金」が、彼がこれまでに提供した価値の「貯蔵分」から、一滴の無駄もなく、リアルタイムで差し引かれていく。  申告も、徴収も、着服もない。世界は完璧な「等価交換」だけでメンテナンスされているのだ。

 「さて、残りの分を確認しておこうか」

 エヌ氏が端末を操作すると、彼がこれまで積み上げてきた「貯蔵リスト」が表示された。  そこには「米一トン」「石油五百リットル」「最新の治療薬へのアクセス権」、そして「純金十グラム」といった、実体のある価値が並んでいる。  これらはアルゴリズムが、世界中の倉庫や工場で常に「エヌ氏の取り分」として確保している権利だ。たとえ明日、何らかのシステムトラブルが起きても、この「実物」へのアクセス権が消えることはない。

 「これで老後も安心だ。私が若いうちに提供した価値は、こうして腐らない形で世界にストックされている。何しろ、『仲介』という名目で複雑な手数料を差し引く、得体の知れない管理者を介さずに済むのだからね」

 散歩の途中、エヌ氏は資料にあったもう一つの、最も理解しがたい記述を思い出した。  『金利』と『インフレ』という現象だ。  昔の人々は、何も生み出さず、何も提供していないのに、銀行に預けておくだけで数字が増えることを期待したという。その一方で、誰かがどこかで数字を刷り増やすと、昨日までリンゴ一個と交換できた数字が、今日は半分しか交換できなくなる……。

 エヌ氏は思わず足を止めた。  「何もしていないのに数字が増えたり、何も使っていないのに価値が減ったりするなんて。それはまるで、物理法則を無視した幽霊の仕業じゃないか」

 実体のない数字に魔法をかけ、人々の労働を吸い取る。そんな、論理が崩壊した呪術のような世界で、彼らは正気を保てていたのだろうか。

 エヌ氏は、リンゴを最後の一口まで味わった。  ふと見ると、足元の舗装路が、ほんの少しだけ輝きを増した。  エヌ氏が今朝書いたコードが、どこか遠くの道路補修システムの効率を向上させたらしい。その「お返し」として、彼のリストに、新たな「高級肥料の優先権」が一つ付け加えられた。

 「なんて素晴らしい、合理的な世界だ」

エヌ氏は満足して歩き出した。  そこには、銀行も、税務署も、証券会社もない。  ただ、人々が互いに差し出した「価値」と「感謝」が、目に見えない網となって、どこまでも美しく、公平に広がっているだけだった。



(感想とか)

AI面白いこと書くな、と思いつつ、昨今の米価格の騒動とか見てると「適正な価格って何」なんてことは考えさせられてしまいます。

おにぎりが一個あったときに、それは間違いなく「おにぎり美味しい」という体験とともに「おにぎり一個分お腹が膨れる」という価値を提供してくれるわけで、安く買えても、テンバイヤーから倍の値段で買ったとしても、そのモノ自体の価値は変らないわけです。

小説の世界は、ニクソンショック前の金本位制の時代とか、加賀百万石とか言ってた江戸時代とかの価値観に近いのかもしれません。

たぶん真逆の世界観としては、すべての価値をお金で支配する世界 で、例えば政府が紙幣発行をやめて、アクセスコントロール付きのトークンとしてデジタルマネーだけを発行し

  • 発行量を自在に調節してお金の価値を上げ下げする
  • 消費を加速するためにお金に消費期限を付ける
  • 一日の利用額を制限する/犯罪者の資産を凍結する

などなど、お金を支配することで世界を支配する世界でしょうか。

最近でも、現金で買うよりローンにしてその分NISAに入れた方が得、みたいな、モノに目が行かずお金で損得を考えてしまうパターンは増えているのですが、「いい車に乗りたい」とか「美味しいもの食べたい」とかモノや体験そのもの価値と、「今日も一日頑張って働いた」という達成感を、もう少しダイレクトに結び付けられる思考方法もあっていいのかなと思って見た次第です。